人と人間の探求☆人とは何か・・・人生とは?

最初のタレコミである。

旅の真っ最中、人生とは何かとふと思う時があった。

答えのみつからなさそうな旅最中の疑問。

答えのありかは、なんと自分自身の中にあった。

人生とは、間の命活動そのもののことである。

ヒトの人生は様々である。

全く同じ人生を歩む人はいないらしい。

らしいというのは、実際には全ての人を測り知ることはできないから。

全ての人は同じように見えて同じ目的でこの世に出てきているのではないと思える。

人は皆同じかといえば、同じではないと応える方が応え易い。

同じところを数えるよりも異なるところを数えた方が数えきれないからである。

解らない事の方が多いというものだ。

人とは、イキモノ生物としての人と、社会的人間ともいえる他人と関わり合って生きている人と分けて考えられる。

生きものとしては似たようなところがあるが、社会的人間として生きようとする試みには、人は決して同じようにはなれない。そこにはその人自身における人格的な部分とか関わりを持つ社会との関係性だとか、立ち位置などの環境とか、その人の内側に秘めたる部分が、その人の周辺に発露する環境に違いをもたらすからである。

どのように生きていくのか?

何を考えて生きていくのか?

日々何に心を向けているのか?

息をしている方向性がその人の人生の向きを示していく。

何か事が起こる。・・・とすると、人によって、その起こった事の意義や意味合いが変わってくるのが不思議だ。

勝手解釈

自由に思考している結果である。

それまで生きてきた生活環境が影響していると思われる。

それまで生きてきた影響を受けてきた生活環境だ。

その知っている範囲で精いっぱい考えてみる。

すると、何らかの関連が見つかるとすると、それにしっかり結び付けていく。

意味のある出来事が生まれていく。

不思議な偶然!

しかしその実は、勝手解釈かもしれない。

ある人から見ると全く違って見えることもあるのに。

別の人から見るとそれはまた世界が変わる。

人間って面白い生きものだ。

それまで生きてきた過去に思いっきり捕らわれて生きている。

時に豊富な知識が邪魔をして、たった1度きりだったかもしれない貴重なタイミングを逃してしまう。

全てに時とタイミングがある。

この時とタイミングに絶妙なタイミングに、人生における最大の贈りものが授けられる。

受け取ることができる人、出来ない人。

すべてそこにいるのは、「生身のヒト」人間である。

過去にまとわりつかれていては、今を生きることはできないということを知った。

そこにいるのは、すべてヒトだ。

今、ここに生きようと言っても、これまでの記憶がそうはさせない。

色々な時と場合を教えてくれる。

記憶力の優れた人ほど、多くを思い出す。

人生における全く新しい贈りものを受け取ることができないのはこのためだ。

これまでの記憶は消してこの世に来たはずなのに、ここでまたこの世での記録でいっぱいにする。

書き込み領域がいっぱいになるともう入らない。

新しい事を書き込む隙間がない。

人生はいつも新たな発見と喜びと驚きを運んでくるのに、もういっぱいいっぱいでふさがってしまっている。

幸せってなんだろう?と外を求めるようになる。

両手にいっぱい荷物を持って、その向こうにある他人の持ち物を狙っている格好に似た感じか?

ヒトの生きるという行為には、新たに選んだものが入る隙間をいつも開けておくようにしたい。

古くなった考えは捨てよう。

邪魔になるだけだから。 人生はいつだって希望と喜びとワクワクに満ち溢れている発見をしてみよう。

そんな風の便りが舞い込んできた。